聖書に基づいた正統派キリスト教会★札幌クリスチャングループ

自分で考えて行動できること

自由意志を持つものとして神は人を創造されました。ですから、信仰生活とは盲従やマインドコントロールの産物ではなく自分で考えて決断するものであるべきです。

もちろん、人は感情に流されてしまうものであり、すべての真実を知りえることはできませんので何でも本人が決めれば良いとは言いませんが、一人ひとりが神と出会い、御言葉によって養われるときに最善の意思決定ができると信じています。

神に対する考え方には二つの極端があります。ひとつは、神がすべて治めており、人の運命は定まっており人はそれに付け加えることができないというものです。もうひとつは、神は天と地を創造された後、あとは放任しているというものです。それらはどちらも正しくありませんが、ひとつ言えることは神は人類を共同の相続人と定められたので、私達の決断や思考もまた大切なのです。

人の決断が人間の方向性をつくる

神はわたしたちの上に最良の計画と御心を持っておられますが、時にはそれが運命論的になってしまってはなりません。それは、たとえば、神様に祈って清く正しくしてさえいれば結婚相手が与えられるというような考え方です。もちろんその考え方は完全な間違いではなく、そのような側面もありますが、その視点だけではバランスを欠いてしまいます。

神がこの地を創造された後、この地を人に委ねて治めさせました。人が自由意志を用いて創造的に活動することを喜んでいました。

もちろんアダムは罪を犯してしまったために、今日、人類はアダムほどの自由を持ってはいませんが、それでも「神の召しと賜物は変わらない」という言葉にあるように、人の決断によってこの地が作られていく側面は残されているのです。

これらのことを理解するには、下の「とりなしの教え」のメッセージが役に立つことでしょう。

 


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とりなしの教えの基礎


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