@−F−7 基礎の学び 2025年(Ver.8) Fグループ 成熟の為に (7) 再生産& SCGのビジョン
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SCGには、その他の教会とは異なる特徴的なミニストリーのやり方があります。そして、「基礎の学び」は、そのやり方やビジョンをつかむためのとても良い機会です。
2025年版の学びでは単に司会者を育成するにとどまらず、もっと汎用性のある教えにしました。本日の学びの中には少し壮大な話も含まれますが、これを通じて、神様が与えたビジョンを共有していければと思います。
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■ 基礎の学びで心がけている事
@ その人の内側にあるものを引き出す。
基礎の学びでは「共感し、理解を示すこと」を推奨しております。具体的には「相手の発言に対抗して教えをしない」「裁かない」「意見を否定しない」ということを思い浮かべるかもしれませんが、それらは「その人の内側にあるものを引き出す」為に用いられます。
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また、リーダー的な立場の人に「模範となるべき資質」として求められている「オープンであること、弱さを表すことができる」といった事柄も同様の理由で、用いられるのです。
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A 大切なことはミニストリーにつなげる事
「共感し、理解を示すこと」で良い雰囲気を作ったとしても、それだけで終わるのではなく、それを通して、その方の心にゆとりが生まれたなら、それをミニストリーのきっかけとして神様に働いていただくことができます。
そのフォローアップは、基礎の学びの時間とは別個に個人的になされるとよいでしょう。
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内側から引き出されたものというものは、癒されたり、思いが変えられるために取り扱われる必要があります。人が抱えている心の内側の問題は自然に解消することはあまりないからです。
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■ SCGについて
SCGについて知るための最も手軽な情報源はホームページです。(http://christiangroup.com )
これを見るなら(1)宗教的にならない事 (2) 自由意思の尊重等といった特徴を見ることができるでしょう。
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しかし、そういった特徴は、それが手段や目的ではなく、土台となっているビジョンや方策が表面に表れたに過ぎません。とは言っても、そういった「土台となっているビジョン」はホームページ情報からは見えませんし、教会に集っているだけでは理解できないと思います。ですから、幾つかを以下に書き出したいと思います。
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@ 使徒的な視点を持っている
使徒的な視点について簡単に説明するなら以下のようなものです。
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(1) 教会についてより大きな視点を持つ (エペソ1:21〜23)
この概念は教会の守備範囲を広げることになりますのでLPM(ライフプレイスミニストリー)もその一環であることが分かると思います。
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(2) 持続可能であること=
a) 再生産と聖徒の整え、(エペソ4:12)、「整える」の意味の中には心の癒しも含まれます。
b) 引継ぎ可能な教え(第2テモテ2:2)「教えられた人が別の人に教えて、その人がまた、別の人に教えたとしても有効な教え」をしていく。
c) 人間としての普通の行動や考え方にも価値を与える。これは家族の教えで特に有効です。
d) 特定の人の賜物やカリスマに依存しない教会づくり。
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A 終末に対する理解。
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私たちは敵(サタン)のゴールが黙示録13章にあるように世界統一政府(管理社会=社会主義)を作り上げる事であることを理解しております。ですから、正しい歴史観を持とうと努めておりますし、一般的に陰謀論と呼ばれている事柄に対しても、多くの場合、事実が含まれていることを知っております。
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誰も、サタンを頂点とした管理社会を望む人はいないので、その時代に応じてエサがまかれました。そのエサとは1789年には民主主義であり、1917年には共産主義であり、2019年にはコロナショックでした。
そういった敵の戦略を理解しつつも、それを前面に出すのではなく、世の中がその方向に向かっているのを理解し、聖書に照らし合わせて、そのような時代に生き残る教会のシステムを構築しているのです。
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たとえば「自由意思を尊重する事により自分で考えることができる聖徒の育成」という特徴がSCGにあったとしても、そのようにする根底は、単にそれが良いとか聖書的だからというだけでなく、前面には出していなくても、終末に生き残る教会を意識しての事なのです。
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B 世界の祝福となるために
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基礎の学びの話に戻りますが、そのやり方は「本音と建て前を使い分けたり、また、なかなか心を開けにくい日本人の特性」に合っていると言われます。しかし、この件について「日本には日本のやり方がある」といった宣教師と議論するようなテーマに落としこみたくはありません。
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といいますのも、日本での教会形成は「極限環境実験※(ストレステスト)」であると私は理解しており、ここで培われた原則や、やり方は世界に通用するものであり、世界の祝福になると考えているからです。
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※ 極限環境実験とは、通常ではありえない極端な環境を作り出し、実験することです。その環境下では、通常の世界では問題にならないことが問題になったりして、隠された問題をあぶりだされます。
そして、そこで導き出された結果は通常の環境で大いに役立つのです。
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たとえば(特に聖霊派の)西洋式の教会では、心の問題を取り扱わないことがよく見られます。これは、ある意味、彼らなりに理にかなっています。そこにエネルギーを割くよりは、多少取りこぼしがあっても、その他の事にリソースを割り当て、賛美礼拝を充実させ、聖霊に働いていただいたり、魅力的なイベントを企画して人を集める方が効率が良いと考えるからです。しかし、そういったやり方の教会は来る人は多いが、出る人も多いといった感じになりがちなので、長期目線で見れば効率が良いわけではないのです。
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そういった中、極限環境実験で見出された方法を適応するなら、取りこぼしは最小限となり、メンバーの定着率も高くなることでしょう。つまり私たちが見出した方法は他の国、他の環境でも祝福となりえるのです。
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※ 大きな嬉しい副産物
心の癒しと回復を体験した人の中には、他の人をミニストリーできるようになる人も生まれてきます。
これは奉仕者が再生産されるという事です。それによって、教会全体としてミニストリーに厚みが増すのです。
逆に言うなら、それを取り扱わない教会は、いつまでたってもその分野の人材が育たないということです。
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C 聖霊の力があらわされるために
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教会に良い雰囲気を与えたり、教会が成長していくためには、聖霊の働きが必要であることは誰もが認めることでしょう。そこで、問題は、どのようにしたら聖霊に働いていただけるのかという事です。
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以前のSCGでは、心を取り扱わなくても「充実した賛美礼拝」があれは、豊かな聖霊の働きがあるので、聖霊自身が心の癒しをなして下さると考えてました。それどころか、奏楽者を確保する際に心の動機を問うことをせず、また、心の傷を抱えた人であっても、ケアすることなく奉仕に就かせておりました。
充実した賛美チームができたので、これで聖霊が豊かに働くだろうと考えた矢先に起こった出来事は教会内の大きな混乱でした。それが2005年に大勢のメンバーが教会から出て行った原因となったのです。
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そういった中、今日のSCGでは「二人また三人が集まるところに・・」(マタイ18:20)、「互いの重荷を負いあい・・」(ガラテア6:2)などの御言葉を根拠として、健全なコミュニティを形成することに努めております。そして、それによって聖霊の力があらわされていくのです。