JP @ A 001  2026年版(ver.9) 基礎の学び Aグループ 神との関係 01 神とは ■・■25/05/08 1/2

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(A)人とこの世界を作られた神様

日本語で「神」と一言で言っても、さまざまな意味があります。これは聖書が言うところの唯一の創造主とは異なったものです。日本では水でも山でも木でも全てのものが神になりえますし、また、ことばの用法として優れた人を「神」と呼びます。

ですから、この学びを始める前に、聖書が言う「本当の神」とは何なのかを知る必要があります。

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日本で神と呼ばれる多くのものは、人が定義したり「人が作ったもの」です。しかし、本当の神とは「人を造った存在」です。つまりそれが意味することは、「人知を超えた絶対的な存在」があるということです。

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人は母親から生まれます。母親という存在の役割は大きく、本当に尊敬すべき存在です。とはいえ、母親が子どもを設計したわけではありません。母親はただ、神様によって設計された「人間のDNAに刻まれた超自然的なプログラム」が実行されるのを身をもって体験しているだけです。

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ですから「命のみなもと」というべき設計者は別にいるのです。それが創造者である神様です。

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さらにすごいのは、その複雑な人間の完全な設計図のすべてを0.02mmの大きさの細胞の中に刻み込んでいることです。このようなすごさを見るにあたって命は偶然に発生したわけではないことがわかります。

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(B)神の存在を信じることは宗教ではない。

多くの人は「神」=「宗教」だと考えます。しかしそうではありません。神が私たちの源であり、命を与えた存在であるなら、神の存在を信じることは自分の両親の存在を信じる事と同じぐらい自然なことなのです。

いってみれば、それは宗教というよりは、ただ事実を受け入れる事にすぎません。

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「宗教」の定義にはいろいろありますが、私たちが考えている一つの定義は「宗教とは自分の考えや力で神に近づく行為であり、まことの神を信じることは宗教ではない。」です。

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ですから、私たちは「宗教」をしているのではなく、まことの神様と「関係」を持っていると言えるでしょう。

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もちろん私たちの活動は、社会学的にはキリスト教という宗教の一つと分類されておりますが、宗教ではないと主張する理由は「伝統や形ではなく、命を与えた存在との関係を重視している」からです。

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たとえば、「宗教」という視点で見るなら一般的にはキリスト教徒が一番多い地域はヨーロッパだと思われていますが、実際に信じている人(関係を持っている人)は人口の2,3パーセントに過ぎません。

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もちろん、ヨーロッパには宗教をやっている人は大勢います。すなわち、キリスト教式で結婚式を挙げ、葬式をする人です。また、クリスマスや何かの機会に教会に行くこともあるでしょう。でも、本当に信じているわけではありませんし、神との人格的な交わりを持っているわけではありません。

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逆にキリストを信じたら強制収容所送りの北朝鮮には1.5%と人口比で日本より多い40万人のクリスチャンがいます。こういった事は統計には出ませんが、これは宗教的統計と信仰は違うことを表す良い例でしょう。

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◆宗教によっては神様との人格的な交流を持つことができません。

日本人が一般に神と呼んでいるものは木や金属でできた像であって本当の神様ではありません。ですから、どんなに話しかけても神とかかわりを持つことはできません。

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誰かにプレゼントをする場合、その人を喜ばせるにはどうすれば良いでしょうか?その人に何が好きか尋ねるのが一番です。自分勝手にあの人はこれが好きだと思い込んで、欲しくもないプレゼントを贈り続けても効果的でないばかりか、時には迷惑かもしれません。宗教と呼ばれるものの多くの過ちはこれです。

修行をしたり、儀式をしたり、いけにえをささげてもそれは神様が本当に求めているものではないのです。

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◆宗教とは「自分の方法で自分を正しいとする方法」

神と関係を持たない時に起こる過ちの一つは、心の内側に問題や葛藤を秘めていたり、怒りを抑えることができないという問題を抱えていながら、宗教的な何かをすればそれを覆い隠すことができるという考え方です。

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(C)本当の信仰とは神様と親しい関係を持つことです。

日本の神という概念はその存在が自分に何か反応してくれるわけではありません。しかし、神という存在はただ信じて遠くから眺めるだけの存在ではありません。しかし、まことの神様は私達と親しい関係を築き上げることを願っているのです。

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(ヨハネ17:3) その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。

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神を知ることによって生じる、最大の恩恵は、「永遠のいのち」に代表されるように魂の救い、永遠の救いを手にすることができることです。

ですから、神を知るとは、単に頭の知識だけの問題ではなく神自身を体験することです。

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(D)どうして人は神を知ることが出来ないか?

人は神によって作られたので、もともと人は神を知り神と親しい交流を持つように作られています。

しかし、さまざまな原因により神を知ることが困難になっています。その原因について、この学びのシリーズを通じて見て行きます。 そして、今回は、原因のひとつである「間違ったイメージ」について見ていきます。

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間違ったイメージは一日にして生まれるものではありません。下のリストは代表的な間違った考え方です。

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(E)神に対する人々の間違った考え

(1)神は存在しない: 進化論などの間違った教えの浸透によって日本ではポピュラーな考えです。

(2)神は愛に満ちており人を罰することはしない。

(3) 神様は非常に遠いところにおられる方。 神様は忙しく、人に注意を払っておられない。」と考える。

(4)厳しい警察官や裁判官のような方。 非常に強い要求をし、間違を犯す人を厳しく罰する。

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上記のような理解は自然に生じるわけではありません。もちろん、様々な原因がありますが、多くの場合、成長する過程で、厳しすぎる親、無関心な親、忙しすぎる親を持つことによって形成されていくのです。

親は人生最初の権威者であるがゆえに、親に対するイメージが神様のイメージに影響をあたえてしまうのです。

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ですから、神の存在を信じきることができない人の中には、心に傷を負っている人も大勢おります。

ですから、神を信じることは心の傷をいやすことであり、逆に心の傷がいやされることは神様を信じる土壌を作ることです。

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(F) 神様はどのようなお方か

(1)神は愛なる方 (1ヨハネ4:7・8・16/ロ−マ8:32)

神は完全なる愛です。彼の元に身を避ける人を誰一人として拒むことはありません。また、彼との交わりによって、どのような人でも慰めを受け取ることができるのです。(第2コリント1章4節〜5節)

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(2)神は義なる方 神は全ての事を正しく行われます。それゆえ安心してゆだねることができるのです。

イエス・キリスト=義なる方、完全なる真理をもって裁く方。(使徒10:34) 神は偏ったことをなさらない。

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(3)神は決して変わらない方 時代は変わっても神は決して変わりません。

(ヘブル13:8) イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。

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(4)神は完全なる父である。 (ヨハネ10:25/マタイ6:9)(ロ−マ8:16)私達の地上の父親は不完全です。完全なる父は私たちに保護を与え、必要を備え、導きを与えてくださるのです。

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(5)神は完全なあなたの理解者

神は遠く離れて私達を眺めているわけではありません。イエスが人として生活されたのは、人としての苦しみ、悲しみ、病気、見捨てられることを経験されたという事です。ですから神は私たちの弱さをご存知なのです。