JP−@−B−03− 基礎の学び 2026年版(ver.9) Bグループ 人との関係 

(第3) 価値観と偽り  2025/07/17

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人との関係を妨げる原因の中に「ねたみや争い」があります。それらが生じる原因の一つは、間違った価値観です。それらは多くの事柄によってもたらされますが、思いついた4つをさらっと紹介します。

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.1)神様無き世の価値観
この世は「この世界は偶然生じた」と教えます。突き詰めて考えれば「人の存在意義はない」という結論になってしまいます。そう考えてるなら、自分が生きている意味も見いだせなくなってしまうことでしょう。

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.2)競争社会
神なき世界観によると、この世界は「自然淘汰」「適者生存」によって維持されているとしています。表面的には平等や平和をうたっていても、それは「競争」によって勝ち残ったものが正義という価値観なのです。

[04]

.3)メディアの影響
それらの価値観を助長させるのがメディアの影響です。テレビや雑誌、インターネットニュースなどを通じて、無意識のうちに入ってきますがマインド・コントロール的に影響を受けていることすら気がつかないものです。

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.4)コーポレートクラシ―(企業主義社会)
企業は営利を求めるが故、不必要なものを買わせるための流行づくりやマーケティングに余念がありません。

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.5)SNS等
今日の私達の思考に影響を与えているのがinstagram、facebookなどSNSです。その影響は計り知れません。
人生のハイライト部分を切り取って全世界に公開する手段によって。実際の生活がどうであれ、タイムラインという形で自動的に、周囲の人に複雑な心情を与えます。

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そのような間違った価値観に汚染されるときに生じるのは人との争い、不和、そして劣等感です。

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(ヤコブ4:1) 何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。4:2 あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。(後半略)

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■正しい自己像
こういった、社会の中で偽りの価値観に惑わされずに生きていく為に必要なことは、正しいアイデンティティーを身につけることです。「誰が何と言おうと私は私」と言える人なら多くの事柄から守られることでしょう。

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もちろん、ただの自己満足や頑固なだけの自身が良いわけではありません。すなわち、聖書から学び、賛美、祈り、教会の交わりを通じて形成されるような正しい世界観から来る正しい自己像を持つ必要があります。

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この正しい自己像を獲得する方法は大きく分けて2つあります。もちろん、いくつもありますが、重要なもの、大きいものは次の2種類です。そして、その両方に「無条件の愛」というものが関係しています。

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■神との関係
1つ目は、私達を作り命を与えた神との関係です。神様こそ、私たちのアイデンティティーの源です。製作物は製作者によって価値が与えられるのは当然です。私達の周りを見渡してみてください。机、椅子、カバン、天井、ありとあらゆる、人の手によって作られものであり、それらすべてに制作理由と存在理由があります。

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創造主によって与えられる存在価値というものは、一個人としても同様です。それぞれの人にしかできない特別な働きがあり、神様は一人一人に目的を持っておられます。価値のない人は誰もいないのです。

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また、その価値は、神の子イエスキリストの犠牲によって私たちが救われたことによって保証されております。
私達の罪の身代わりに死なれたキリストの命はすべての人類を救うほどの価値があるものと認められました。
キリストは私達の為に死んでくださった事によって、無条件の愛を示してくださいました。(ローマ5章8節)ですから、イエスを信じ、神様との関係を築くことにより、正しい自己像を持つ事ができるのです。

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「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)という言葉にあるように、神様の関係の中で自分の価値を見出し、正しい自己像を受け取ることができるのです。

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■親との関係において
2つ目は成長過程、特に幼少期の親子関係を通じて与えられる、自己像です。
生まれたばかりの赤ちゃんは何の働きもしないのに、お世話されます。これはある意味、無条件の愛を体験するということです。この体験は、揺るがない無敵の自己像、根拠はないけど確固とした自信をもたらせます。

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ただ、この学びに参加されているみなさんは、赤ちゃんではありませんし、ひどい親の元で育ったとしても、過去を取り換える事はできないので、いまさらそんな話をされても困ると思われるかもしれません。
しかし、このメカニズムを理解することは、その領域が癒されたり、回復する為にも関係があることです。

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もちろん、ひどい親、ネグレクトの親もおりますが、少なくとも新生児の段階では、すべてが悪かったわけではないと思います。世話をする過程で触れられたり抱かれたりするので、それは少なくともある程度のスキンシップがあった事を意味します。さらにいうなら、どんな親であっても、少なくとも胎児の時代には、子宮という快適な環境の中で過ごしたわけですから、ある種の無条件の愛的な情操ははぐくまれていたと思います。
この事を伝える理由は、無条件の愛の体験は全ての人にあったという事を知っていただくためです。

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とはいえ、現状としては、子供は親に傷ついて成長するものです。それは、どんな良い家庭で育ったとしても同様です。いや、逆に親が良ければよいほど「親を恨んではいけない」などと自分を押し殺してしまい、より問題が複雑になることすらあります。

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ましてや、今日、多くの人が「両親の無関心」「過度の期待」「親が依存症」「虐待」などといった環境で育っており、心が守られるどころか悪い状態に追いやられているのが現状です。
また、律法主義的な親、完璧主義の親、褒める事をせずに、間違いを指摘して建て上げようとするタイプの親の元で育つと、自己イメージが低くなり、健全なアイデンティティーを受け取れなくなってしまうのです。

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そうなってしまうと、人間関係できちんと境界線が引けなくなるなどして、より生活が苦しくなりがちです。
あるいは、「誰かにこびたり」「他の人の好意を素直に受け取れなかったり」「誰かをコントロールしたりされたりする」ようになり、正しい人間関係を築きにくくなってしまいます。

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その反面、自己イメージの高い人は、いじめにあったり、失敗したとしても心が守られる傾向があります。

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■劣等感と高慢は同じ根
サウル王はイスラエル一背が高く美男子でしたが、どういうわけか、彼にコンプレックスがあったことがうかがえます(1サム10:22、10:27)。そんな彼が戦いの勝利した時に自分の記念碑を建てた(1サム15:12)ことから「高慢と劣等感」は同じ根だという事がうかがえます。
サウルの人生を見るにあたってわかることは、この問題が癒されていなければ、失敗すれば落ち込み、成功すれば高慢になり横柄な態度を人間になってしまうという事です。

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■アイデンティティーの回復
そういった中、教会というコミュニティーは回復の為に役立つことでしょう。
後にもたれる「境界線 B-06」の学びもそのために役立つことと思います。

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この健全なアイデンティティーが回復していないと、同じ奉仕をするにしても、フラストレーションが生じたりします。そして「自分はこんなにがんばっているのに、他の人は何もしない。」というような不満を持つかもしれません。あるいは、物事を完ぺきにこなそうとして周りの人を圧迫してしまうことでしょう。

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ですから、アイデンティティーの回復と心の癒しの為には何らかのプロセスを通り必要があります。
しかし、家庭生活で受けた傷もコミュニティーの中に植えられることによって、受け取ることができます。