JP−@−B−06− 基礎の学び 2026年版(ver.9) Bグループ 人との関係 

(第6)境界線  2025/07/17

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境界線とは、自分と他者を分けるものです。人間が生きていくのに境界線というものは重要です。もっともわかりやすい例は皮膚です。これが無いと体の水分は常に蒸発し、病原菌に体をさらしてしまいます。

[02]

これは人間の心にも言えることです。心に境界線が無いと、他人に利用されてしまったり、不当な扱いを受けたり、負うべき必要のない重荷を負って疲れてしまいます。

[03]

ある人の家は駅の近くにあったので、いつも家の前に知らない人が勝手に自転車を停めておりました。
困った彼は「ここは自転車捨て場です。ここにある自転車を差し上げます」という掲示をしました。
すると、どうでしょうか。たった一つの掲示によってだれも彼に迷惑をかけなくなりました。

[04]

彼がした事は、「ノー」という意思表示をしただけです。こんな単純な方法でも永続的に自分の領域を守れたのです。これは、日々の私たちの生活にもいえます。境界線を明確に表明するなら多くの問題から守られます。

[05]

■「境界線を守る」という意味は大きく分けて2つあります。
一つは、相手の侵害から自分の領域を守ることと、もう一つは相手の領域を侵害しないことです。

[06]

■ノー(いいえ)ということ
いやなことに対して「ノー」という意思表示をすることは重要です。
心で思っているだけでは、相手には伝わりません。

[07]

「いじめ」にはさまざまな原因がありますが、時々見られるいじめを増幅させてしまう原因は、いじめに対して抵抗しないことにあります。「ノー」という意志を表すだけで改善されることもあるのです。

[08]

■他の人に対する悪い言葉
たとえ、自分に対する悪口ではなくても、誰かに対する悪い言葉を聞かされ続けたら悪い影響を受けます。

[09]

他人の悪口を言う友達の言葉を聴きたくないのに制止できないので、聞かされ続けているうちに、一緒に悪口を言っていたと周りから思われた人がいます。その人は被害者かもしれませんが、防ぐこともできたはずです。

[10]

人が語る批判的な言葉を聴かされ続けるなら、その言葉の影響を受けて心がふさぎこんでしまいます。
これは悪口についてだけではありません。
多くの人は気にしてませんが、テレビやネット、SNSを通じて悪い影響が入ってくることも見逃せません。

[11]

子供をほめないということは、「単に良いことをしていない。」ということだけでなく実際にはそれによって悪いものを子供に与えているのです。

[12]

■ コントロールに対して:
支配的なリーダー、上司、親に対して境界線を持たないと侵害されてしまいます。
そうなってしまう潜在的な理由があることが多いです。たとえば@「拒絶を恐れる」A「自己像が低い」等々。

[13]

そして、さらに、その根底には、過去に受けた心の傷なども関係してくることが多いです。その様な場合、
単に「次からこうしよう」という表面的に行動を変えるだけではうまくいかないことが多いです。

[14]

「あらゆる人間関係のもつれは、境界線(バウンダリー)の問題だった!」この言葉は、「境界線」というタイトルの世界的にベストセラーとなったクリスチャンの本のキャッチフレーズです。もちろん全ての問題がそうではないでしょうが、想像する以上に原因となったり、問題を複雑にしてしまう場合があります。

[15]

また若者がだまされて何らかのイデオロギーに走ったり、ネットワークビジネスにはまってしまう理由の中には、孤独に対する恐れ、達成欲、責めを植えつけられる事、その他、さまざまな心の隙をついてあなたを利用しようとする人がいるのです。

[16]

境界線について教えない子育て
この世はルールに従わないと痛い目にあいます。犯罪を犯せば処罰されますし不利益をこうむります。
親が、教えていなければ、子どもは知らず知らずのうちにこの世の中を甘く見てしまいます。

[17]

■日本の文化に働く境界線侵害
日本では自己卑下が美徳とされているので、自分の良い点をアピールすることはあまりありません。それはそれで、へりくだりという意味で良い面もありますが、その流れの中で、自分の子どもをほめないどころか、人前で悪く言うこともたまに見られます。大阪では自分の子どもを他人に「うちのアホ」という事があります。

[18]

■当然の権利と勘違いしてしまう境界線侵害
一見わかりにくい境界線侵害もあります。それは、相手のした行動に対して「怒りをぶつけること」です。
確かに、相手はあなたをいらだたせたかもしれませんが、あなたは自分の怒りを治める事もできたはずです。

[19]

相手のしたことが単なる失敗ではなく、罪と呼ばれるようなことであったとしても、人が悔い改めに導かれるのに必要なことは「神のいつくしみ深さ(慈愛)」(ローマ2章4節)なのですから、あなたが怒りをあらわすときに聖霊が働く機会を奪うことになってしまいます。

[20]

■相手に対する境界線
誰かに何かをお願いして、断られたからと言って気にしてはなりません。それはその人の権利だからです。

[21]

これは親子関係で良く見られることですが、本人が負うべき責任を他の人がとることによって自立を妨げてしまうケースがあります。その人に好意を与えているつもりであっても実際には助けにならないのです。
年間被害総額458.4億円と言われる「おれおれ詐欺」は典型的な境界線の問題です。
その親は、多かれ少なかれ、子育ての段階から自分で責任をとらせる習慣をつけてこなかったことでしょう。

[22]

逆に、子供の幼少時に良いことをしてあげれなかった事の償いの気持ちがあるために、正常な判断ができずに、やりすぎてしまう場合があります。しかし、過去は過去です。現在のあなたに侵略させてはなりません。

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■■付録■■共依存■■
境界線の問題について考えるときに時々「共依存」という問題も関係してくるので載せておきます。
共依存とは、お互いに依存し合い、相手に必要とされることで自分の存在価値を見出そうとする、歪んだ人間関係のことです。
一方が相手に依存し、もう一方がその依存を支える事で、互いの自立を妨げ、健全な関係を築けなくなります。

[24]

共に依存という言葉のイメージとは裏腹に家庭内暴力のように片方が支配的な場合もあります。
自分をあやめる人に依存してしまうのは奇妙なことですが、起こりうることです。
たとえば、いやな思いをしても「私はあなたがいないとだめなんだ」などと言ってあやまれば「依存されたい」という自分の気持ちが満足することもあって、問題に対処せず関係を続けてしまうようなケースもあるのです。

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そのような、自分では気が付かない問題であっても、第三者が客観的に見れば容易に判別できるものです。

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■親子の共依存。
日本では親子の共依存が良く見られます。親が過干渉だったり子供が親の顔色を伺い、親の期待に応えようとするケースが多くあります。
そういった傾向は両親が不仲である時に、促進されがちです。妻は夫で満たされるはずの分を子どもで満たそうとして、「親と子供が精神的に癒着する」ことがみられます。

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そのようなわけで境界線の問題は共依存的な家庭で育つと起こりやすくなります。
「アダルトチルドレン」という言葉があるように、何でも自分でこなして、自立しているように見える人であっても、成長過程で親がその分を果たさなかったために、子どもが代わりに親が負うべき重荷を負っていたような場合には、境界線の問題を持ちやすいです。